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「踊る大捜査線」は日本映画の何を変えたのか

「踊る大捜査線」は日本映画の何を変えたのか 幻冬舎新書 日本映画専門チャンネル編

このテーマについては、既に一回記事に書いた。去年の夏、日本映画専門チャンネルがインタビュー特集を編集したものを見てメモしたものに私の感想を付け加えた。この本は、まさにそのインタビューを新書に起こしたもので、私のメモより正確にかつ、当たり前のことだけど詳しくなっている。

それならば、もうこれ以上付け加えることは無いのではないか?そうかもしれない。しかし、この本は、一点のみあの番組より大きな変更があるのである。

それは最終章のこの作品のプロデューサー亀山千広のインタビューである。なんと、彼はそれまでの9人のインタビューを全部見た上で、彼らに反論、付言をしているのである。反則といえば、反則。ただ、この亀山インタビューを見れば、この本のいいたいことは総て見えるという仕組みになっている。そして図らずも、彼が反論しなかった点こそ、「踊る」の最大の弱点なのではないか、と私は思うのだ。

まず、彼の反論を見ていこう。

テレビのレギュラーのときから「犯人のバックグラウンドを描かない」という方針をとっています。そのことが日本映画をだめにしていったのではないかという、荒井晴彦さんなどの厳しい意見もあります。(略)参考にしたのは「ER」など、当時復活しつつあったアメリカのテレビドラマです。これはモジュラー型と言って、主な出演者全員に光を当てる群像ドラマです。ですから「ER」は緊急救命室を舞台にしていますが、患者のドラマは描いていません。(略)この現実をありのままに描くのが現代のドラマだと僕たちは思いました。だからテレビドラマではひとつの犯罪を描くことはしないと判断したのです。

あえて言わせてもらうと、必ずヒーローが勝って、その瞬間世界が平和になる、というようなことを一切描かなかったのが、うけた理由のひとつかもしれません。
映画館に入ったときと出たときとでは、何も世の中変わっていないけれど、主人公に同化して痛かった、よかった、笑った、泣いたという経験が出来ればいい。今までの日本映画も、かなりの作品がそうだったのではないでしょうか。例えば山田洋次監督の「男はつらいよ」などは、マンネリといわれながらも、お客さんは毎年正月になると映画館に足を運んだ。

テレビで放送することが前提だから、セックスも暴力もない映画が増えて、健全でつまらなくなってしまった。これも荒井晴彦さんの指摘ですが、こういう意見もこれまでにも当然聞こえています。(略)映画化したからと言っていきなり残虐になるとか、いきなりセクシーになるというのはひとつの手としてはあるかもしれませんが不自然です。


亀山さんは、荒井さんの批判かには雄弁に「反論」しているのですが、白木緑さんの意見に対してはトタンに歯切れが悪くなります。

テレビ局がかつてない興行成績を稼ぐヒット作を出しても、映画界全体の興行収入は横ばい。なぜならば、それは観客を増やしているのではなくパイの奪い合いをしているだけだからだ。白木緑さんはそう指摘しています。それはその通りだと思います。でもぼくらは少しずつパイを広げていくことをめざしているつもりです。(略)もし「何もすることねえな。映画でも見るか」という人が映画を見に行って「意外とおもしれえじゃん、これ」という体験をさせることが出来たら、「今度休みにすることがなかったら映画にいこう」と思うようになるかもしれない。だとしたら、映画界の未来は明るい。

実は、白木さんは「パイの奪い」を一番に問題にしたわけではありません。「観客を増やしていない」それはつまり、「踊る」は結局「映画ファンを増やさなかった」ということを問題にしているわけです。確かに、「意外とおもしれえじやん」と思った人はいるかもしれない。けれどもデータ的には違うということも一方で出てきているわけです。白木さんは「踊る」だけの責任ではない、と何回言及しています。映画ファンを増やす取り組みは映画界全体でしなくてはいけないことではあります。けれども、パイの奪い合いの結果、「二時間で人生を変える」映画を見損なって潜在映画ファンを喪った可能性はどうなるのでしょう。

白木緑さんは別のところでこういうことも言っています。テレビ界は偶々「映画」というコンテンツを作っているだけだ。「だからもし次ぎに映画館よりももっと魅力のある、お客さんが喜んでくれる場所が見つかったらどうなるか。それはおそらくネット空間だと思いますが、そこへコンテンツは移動していってしまうでしょう」亀山さん自身の意思とは別にそういうことは起きるかもしれない。そういう批判に対しては、亀山さんは沈黙しています。

もちろん「踊る」だけの責任ではない。けれども、「踊る」が育てたテレビ主導の「邦画バブル」はもうあまり続かないでしょう。「踊る」と同じ手法で作った今年の「sp」の無残な内容、小ヒットで終った結果などを見ているとそう思うのです。

「噛めば噛むほど味が出る」そういう映画に出会うこと、それを広めること、それはもしかしたら、私たちブロガーの仕事なのかもしれません。
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エンドマークが近いのか

映画のメディアとしての生命は終わりに近づいているのではないか、とずいぶん前から思っています。
「踊る大走査線」のせいと言うよりも、TVに頼らなければ売れるコンテンツを生み出せない、スターを生み出すこともできない映画界に問題があるでしょう。
それと最大の問題は料金の高さ。正規料金の1800円はフリードリンク付きでもなければ、映画ファンとまではいかない普通の人が手近な娯楽として払える金額では絶対ありません。ましてや3Dの割増なんて噴飯物です。

映画の寿命

そうですね。映画が生まれて約100年。もしも廃れる運命ならば、そろそろ潮時かもしれません。
けれども私たちの寿命もそろそろ潮時であって、せめて私の目の黒いうちは輝き続けて欲しいと思うのはわがままなのでしょうか。
それと、正規料金で映画を見ている人はいったん何割くらいなのでしょう。ほとんどの人は1000-1500円で見ているのではないでしょうか。
ごめんなさい。見逃してくれましたが、漢字間違えていました。「走査線」ではなくて、「捜査線」でした。訂正します。
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Author:KUMA0504
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