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マイ・バック・ページ

冒頭、1969年東大闘争が終わった直後の安田講堂に梅山(松山ケンイチ)が現れる。のちに彼は沢田(妻夫木聡)に「テレビで東大抗争を見てこれだ!と思ったんだ。ぼくの生きる道がここにある、とね」といっているので、現場を見に来たのだろう。「造反有理」とか書かれている階段を上ってがらんとした広場にたどり着く。大学盾看書体で書かれた有名なスローガンを梅山はまぶしそうに見上げる。「連帯を求めて孤立を怖れず云々」梅田は遅れてやってきた左翼青年だった。

沢田は左翼運動に共感していた。東大抗争の時には既に彼は東大を卒業して外から(安全なところから)眺める立場だった。それに対して彼は「引け目」を感じていた。

しかし、梅山にしても沢田にしても、左翼運動に対する憧れにしても引け目にしても、その「中味」をどこまで理解していたのか、というとそれはどうやら大きな疑問符がつく。二人とも結局「時代の流行に乗り遅れまい」としただけなのではないかという気がしてならない。

マイバックペイジ一

監督 山下敦弘
出演 妻夫木聡 (沢田雅巳)
松山ケンイチ (梅山)
忽那汐里 (倉田眞子)
石橋杏奈 (安藤重子)
韓英恵 (浅井七重)

この映画の評価は未だに私の中で二転三転している。
よって、すこしだらだらとした書き方になります。ごめんなさい。

ひとつハッキリしているのは、とっても緻密な脚本であり、当時の雰囲気をきちんと出した美術であり、登場人物たちがみんな「時代」を表現していることの驚きであり、その総てを演出しきった監督の力量は確かにある、ということだ。

いまこんな映画を作ることにどんな意味があるのだろうか。この映画は力作である、ということを認めながらその一方で私はずっとそのことを思っていた。

映画を見た直後は「共同幻想の拡大最生産だ」と否定的だった。

当時の若者は社会を変えようとして理想に燃えていた。理想そのものはよかったが、手段を間違えただけだ。というような映画ではないかと見た直後は思っていた。もしそういう映画ならば「本当にそうか?」と私は反発するものがある。

マイバックペイジ二

そのような「勘違い」が、未だに当時の世代を中心に蔓延していることに私はずっといらだってきた。特にマスコミを中心にそういう勘違いが未だにある。東大全共闘議長の唐谷が捕まる寸前に短い演説をする。「安保を粉砕するために云々」ウソつけ!安保反対なんてサルでもいえる。そのためにやってきた事は間違いだらけじゃないか。あなたが土台を作った「過激派」はその後、赤軍リンチ事件として様々な「内ゲバ」を経験し、やがて72年の浅間山荘事件後に発覚する大量殺人に結実する。12歳だった私はその後長い間「左翼は怖い」という空気の中で過ごすことになる。「しらけ世代」の真っ只中で、私は青春時代を過ごした。大学で大学新聞を作るようになるまでは。まともな「運動」がその後何十年間も日本で育たなかった「総括」をあなたたちはとうとう最後までしなかった。(←感情的になっています。すみません)この唐谷がいかにも「本当の左翼」のように描かれているのに、私はまず反発した。

私の云う「共同幻想の拡大最生産」ということの所以である。その唐谷に寄り添っていた沢田に対してこの映画は基本的に寄り添って描いていたのではないか、と私は思っていた。

梅山の幼稚性はこの映画の中ではあまりにも明らかなので問題はない。「革命をしたかったんじゃない。革命家になりたかった」という勘違いに対する批判は見事だ。それは問題ない。しかし、沢田の評価を私は唐谷の場面に反発するあまり、見誤っていたことをあとで認識した。

幾つかの仕掛けがこの映画にはある。

なぜ、沢田の冒頭が当時の最下層の人たちの潜入取材から始まったのか。
なぜ、沢田の潜入取材に対してデスクはセンチメンタルだと批判し、聡明な倉田眞子からは評価されるという場面を描いたのか。
なぜ、倉田眞子に「私はきちんと泣ける男の人が好き」といわせたのか。
なぜ自衛隊員の最期があそこまで長回しだったのか。
なぜ、刑事から「大竹さんが会いたいと言っている」と言われたときに沢田が「誰ですか」と聞くという場面を入れたのか。

そして、沢田の「男泣き」のラストに結実する。

確かに沢田は「勘違い」していることを見事に描いていた。「現代の人」山下監督からみれば、「権力機構を壊せば革命はなる」というような理論は華やかなで空想的なだけに見えるのだろう。本当に見なくちゃいけないのは、高度経済成長の中で生まれていた様々な矛盾だろうし、人々の生活だろうということになるのかもしれない。しかし、当然映画ではそこまで踏み込んでいないし、まあ踏み込むことは無理だろう。ただ、山下監督の69年理解には不満があるということだけは言っておかなければならない。当時の左翼運動を描く映画ではないと理解しながらも、その基本となる監督の理解は表層的だと思う(話が長くなるのでこれ以上は書けない)。

「あしたのジョー」が終わるのはこの頃だったと思う。そのご「少年マガジン」は急速に路線転換をする。柳沢みきおの「翔んだカップル」が出てくるのはこの少しあとだ。少年の関心は少女の微妙な気持ちだけに向かっていく。文化は急速に内にうちにこもっていく。まるで沢田が内に篭って映画ライターになってしまったように。

しかし、倉田眞子が望んだのはきっとそういう男ではないと思う。「きちんと泣ける男の人」だ。映画の中では一応きちんと「後悔」して泣いているように思える。沢田の最後の「泣き」は本当に「きちんと泣いた」のか。彼の原作を読んでいないのでハッキリとは言えない。「真夜中のカウボーイ」を見ていないので、私はハッキリいえない。原作と共に、それを確かめるのは今年の宿題である。

ちょっとした不満なのは、社会部部長が梅山の記事を載せずに警察に通報したのは当たり前であるが、「大学新聞じゃないんだから」と一言言ったのは反発を覚える。大学新聞でもことの重要性を考えたら裏づけ取材はするぞ。

今回忽那汐里を初めて素晴らしいと感じた。「BECK」や「ちょんまげプリン」「少女たちの羅針盤」では単なる美少女で終わっていたが、あの目であんな言葉を言われると、どんな男でも考えを変えるかもしれない。

映画初日挨拶のときに、本作の原作者・川本三郎からの手紙が読み上げられたそうだ。本作が映画化されたことへの思いのほか、「3月11日の大地震の後、日本は劇的に変わり、物事を真剣に考えるようになりました。この映画が今公開されることに運命を感じます。この映画が、国難の時代に生きるみなさんの力になれば」と書いていたらしい。

確かに今、日本国のエネルギー政策を国民全員が考えるような「契機」が出来ている。そのとき「社会運動をするのではなく、社会運動家になる」人間にならないように、自戒しなければならない。本物を見分ける目を持たなくてはならないだろう。
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コメント有難うございましたm(_ _)m

「再出発日記」のKUMA様のことはどなたかのブログで存じておりました。TBがうまく届いていないので、もう一度試していただけないでしょうか?
今から出かけないといけないので、詳細はまた後でゆっくり書かせていただきますね(^_^)/

再度あらためて参りました!

>あの当時の「社会を変えなければならない」という情熱の基本方針自体は間違っていなかったと思う・・・・・・方法論は決定的に間違っていた......拙ブログにいただいたコメントに私も同感です。
結局は社会変革の方法論をきちんと指し示す勢力が大きく育たず、権力を握っている勢力の支配の方が巧妙でそれに負けていったということだろうと思っています。それから40年後の今年の原発の大事故!原発推進勢力は、情報操作力を駆使ししてなんとか彼らの危機を乗り切ろうとするでしょう。そこを打ち破って社会の大改造を進める勢力がつくれるかどうか、冷静に考えながらあきらめずにやれることを続けていけるかどうかにかかっているように思えます。
私もたいしたことはやれませんが、発信し続けたり、他に自分にできることは続けるつもりです。

ぴかちゅう様

TBとどかなかったそうで、すみません。
ご丁寧なコメントありがとうごいます。
あの後、川本さんの原作を買って今読みかけているのですが、川本さん自身が、90年代の時点で社会変革の展望を何一つ持っていないでそのことに反省の色がなかったことに、私は驚いています。

一番いい方法は、目的は非常に似ているのだから、私は全学連と共産党の共闘が生まれていたならば、局面は大きく変わっていたと思うのです。もっとも、政府財界はそれを表裏で阻止したでしょう。創共の共闘が潰されていったように。

現在、成功している戦略は「九条の会」と「貧困運動」のみです。この二つに私は注目しています。
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