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祝(ほうり)の島

8月5日、、纐纈(はなぶさ)あや監督の『祝(ほうり)の島』というドキュメンタリーと監督のトークの企画があったので見てきました。
000祝の島

「ミツバチの羽音と地球の回転」と同時期に撮影されている祝島の人々のドキュメンタリーであるが、『ミツバチ……』のほうはスェーデンの自然エネルギーの取り組みも取材しているので、こちらのほうが祝島の『生活』ははるかに濃い。

上映の後に監督挨拶にしては20分と長い映画『解説』があったので、それを紹介することが、すなわちこの映画の紹介になるだろう。

なぜこの映画を撮ったのか、というとキッカケは八年前の祝島で私もプロデューサーとして係わった「アレクセイと泉」上映会からでした。私はガチガチになって祝島に行った。20数年間原発反対運動をしている島民の人たちの前でいったい何が話せるというのか。でも船から下りて出遭ったのは、あの島の人々です。あのおばちゃんたちです。この日は月曜日で、あの定例デモが終って上映会に入ったのですが、面食らいました。所謂原発反対の抗議行動とは別の姿があった。

日常の暮らしから来る思いーそれらを撮りたいと、そのとき思ったのです。五年後、中電との小競り合いの映像をテレビで見た。そこには、日常には無い闘いの姿でした。なにかの問題が起きたとき、当事者以外の人はテレビでの激しい姿しか眼につかない。上関原発のことも、まずは島の人々がどんな暮らしをしてきたか、その順番で知っていかないといけないと感じたのです。

ただ、撮影に入る前に『日常を映していくには時間がかかる』ということだけは覚悟していました。空き家を借りて自炊生活をしながら二年間島に通いました。この映画のパンフに『頂き物日記』というのがあるのですが、毎日頂き物をしました。撮影スタッフ女性3人、本当に助けられながら撮影をしました。

普通島に行けば、『自分が何が出来るか』自問すると思うのだけど、私たち自身が元気をもらって帰ってきました。特に伊東のおばちゃんの家、あそこは平さんたち四人が365日集うのだけど、NHKの介護サービスのニュースをしていたときに『私らは毎日デイサービスじゃ』と笑うんですね。平さんが『祝島には入院施設が無い。生活できなくなると島を出ないといけない。わしらは島から出たら死んでしまう』というんですね。みんなの願いはひとつです。最後を祝島で迎えたい、ということ。本来人間も植物のようなもので、根を張ったところから引き離されると死んでしまうのではないでしょうか。3.11以降、島の人のこと思うことが多くなりました。フクシマのことと同じで、そこから引き離されることの苦しみはいかばかりかと思うのです。

震災後私は怖くてしばらく部屋を出ることが出来なかった。私は30代独身です。結婚して自分の子供を産みたいというささやかな夢を持っています。

そのとき、ベルラーシーの危険地域から出ないおじいさんの言葉を思い出したのです。「どうしてでないといけないのか。人間の汚した土地だろ。どこへ逃げるというのか」初めてそのとき、自分の言葉として分かった気がしました。自分の子を残すよりも、これからの子のために自分の命を惜しまずに使うことが出来るのではないか。

原発は先ず命の問題として捉えたい。


私も質問しました。
「実は震災直後、偶然祝島を旅しました。みんな本当に素朴な人たちで、ぜひとも皆さんも祝島に行ってほしいと思います。平さんの棚田にも行きました。平さんの一年がわかってよかったです。この撮影の後、亡くなった方はおられるのですか。それと自然エネルギー100%自前で完結しようというプロジェクトがあるそうですが、具体的に教えてください』
「亡くなった方はおられません。でもちょっと前まで530人居た島民が今は500人を切っていると思います。でもいいこともあります。このとき、三人だった小学生ですが、いまは5人と中学生1人になっています。それからプロジェクトですが、これから詰めていく段階で、具体的にはなっていません。」


他の人も質問しました。
「推進派の人はいたのですか」
「なぜ、推進派の人を撮らないのか。私は推進派、反対派と捉えたくない。それよりも島の人が大切。島の人たちは推進派との対立で心に傷があります。」


平さんの棚田にこの春に行った時、ホントにこんな広い土地で米なんか作っているのだろうか、と思ったものだ。米は大変だから豆とかを作っているのではないかと思ったのだ。しかし、ホントに米を作っていた。しかも、記事の中にあるこの棚田を作った亀次郎さんの句碑はなんと2-3年前に孫の平さんが「おじいさんは文字が読めなかった。だから何も書き残していない。せめて句碑を残すことで生きた証を残したい」と手彫りで一年がかりで彫ったのだ。びっくりした。本当に何から何まで手作りなのだ。しかも老人が一人で。「今日もまたつもりし雪をかきわけて子孫のためにほるぞうれしき」。

4633あや監督

監督は意外にも大林素子を若くしたような美人な若い女性でした。「ミツバチ……」の監督のような闘士ではなく、素朴な志を持った正統なドキュメンタリー作家でした。私は実直なこの映像に感心しました。ちょっとひつこい処はあるので、切れ味の鋭い作品にはなっていません。けど、大晦日の伊東のオバサンのうちの紅白を見るみんなの姿勢がちょっと前のうちの「家族」のようで。もう失われている家族のようで、だからこそ愛おしくて堪らないと思ったのです。
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